「あなたの心に…」
第3部
「アスカの恋 怒涛編」
Act.50 京都迷子案内
修学旅行一日目の自由行動。
ラブラブな二人は早速人気のない方角へ向かったの。
当然、私は後をつけたわ。
だって、シンジが取り返しのつかないことになっちゃったらダメだもん。
そりゃあ、二人にとっては取り返しのつかないことでも構わないんでしょうけど。
で、どうして墓地に入っていくのよ、アンタたちは!
「ねぇ、アスカ。もう帰ろ」
「いやよ。絶対にいや」
「だってぇ、墓地なんか気味が悪いよ。ね?」
「何言ってんのよ。欧米じゃ墓地デートなんか定番なのよ!」
「そ、そうなの?」
私はヒカリに向かってニヤリと笑ってやったわ。
「あ、今鈴原のヤツとしてみようかなって思ったでしょう?」
「そ、そ、そんなこと…」
「顔真っ赤にして。可愛いわよねぇ」
「やめてよ、アスカ。あ…」
「どしたの?」
「いないよ、碇君たち」
「げっ!」
振り返ると誰もいない。
墓地の中には誰もいない。
慌てて墓地の中に入って、向こうに抜けてみる。
結構そこは小さな墓地だったの。
突き抜けた先は狭い路地。
その路地のずっと向こうまで人っ子一人いやしない。
「ど、どうしよ!」
「じゃ、戻りましょうよ、アスカ」
「くわっ!そんなのダメよ。私は諦めが悪いんだから!」
「えっ!」
私はヒカリの手を掴んで走り出したわ。
「は、離してよ」
「もう!ヒカリ、ちゃんと走ってよ。見失っちゃうじゃない」
「か、勘弁してぇ〜」
いやがるヒカリを無理矢理引きずるようにして走ったけど、もうどこにも二人はいなかったの。
でもって、見失ったついでにおまけがついちゃった。
「アスカ、もう戻ろうよ」
「う〜ん、どうしよかな…」
「どうしようって帰るしかないじゃない。ね、アスカ」
「う〜ん」
「もう何を唸ってるのよ。私は帰り道わからないから、アスカお願いね」
「う〜ん」
「え…、も、もしかして…、アスカもわからないとか…」
「へっへっへ…」
笑って誤魔化す…わけにはいかないわよね。
私は正直に告白したわ。
「えええっ!帰り道がわからないってっ?」
「うん、全然わかんない」
「そ、そんなぁ…。あ、そうだ。何か観光施設があれば…」
二人で周囲を見渡したけどこれという目印になりそうな施設も看板もない。
京都でよく見かける路地そのままの風景だわ。
その上、空は曇り空。太陽が見えないから方角もよくわからない。
あ!地名表示板めっけ!
……。
わかんないよ、これじゃ。
京都市東山区○町通五条下る…。
下がるって何よ!
「アスカ!ほらあそこにお寺の塔が見えるよ!」
「え、ホント?」
「うん、あれが目印にならないかな。アスカ地図持ってる?」
「まさか!私のこの姿で地図なんか持って歩いてたら完全に普通の観光客じゃない!」
「私たち、観光客だよ」
その通り。
でも、私にはプライドがある。
この京都はパパとママが出逢った、言うなれば惣流家の聖地なのよ!
そんな場所でおのぼりさんの観光客のような格好で歩けますかってば。
「ヒカリは持ってないの?」
「バスの中。まさかこんなに遠出するとは思ってなかったから」
そりゃそうだ。私だってこんな場所まで来るなんて予想外よ。
だって清水寺でぶらぶらするだけだと思ってたもん。
「でも、あそこまで行けば何とかなるんじゃない?」
「う〜ん…」
私は迷ったわ。
この場を離れてしまっていいのだろうか…。
今ここを離れたら絶対に二人を見つけることはできない。
だけど、ヒカリをこれ以上引きずりまわすのは…。
時計を見るともう一時間が過ぎている。
真面目なヒカリとしてはそろそろ気になる頃よね。
集合場所に戻れなかったらどうしようって。
その時、私の頭に霊感が走ったわ。
携帯電話を取り出して、電話番号を探す。
掛けることなんかないと思っていたけど、シンジの友達だから念のためチェックしてたの。
「アスカ?」
ちょっと待っててね、ヒカリ。
白馬の王子様…って感じじゃないわね、あれは。
「もしもし?私。……私って言えば私しかいないでしょうが。アンタ馬鹿ぁ?ちょっとどうしてそこでわかるのよ、何かむかつくわねぇ。
だから、アンタ馬鹿ぁ?用があるからわざわざアンタなんかに電話してるんじゃないの。
あ、そう。じゃ切ってもいいわよ。アンタがそんなことをすればアンタの大事な人が路頭に迷ってしまうんだけどね。それでもいいのかなぁ…」
私が鈴原に電話をしているってことは途中からヒカリにもわかったみたい。
顔が赤くなったり青くなったり、はは、面白〜い。
それに鈴原の反応もいい。
“アンタの大事な人”って言った途端に、なんじゃもんじゃとわあわあ叫んでいたのがピタリと止まっちゃったんだもん。ホント、単純。
うらやましいけどさ。
そして、恐る恐る訊いてくるの。
『それ、いいんちょのことか?』
「アンタ、ヒカリ以外に大事な人がいるわけぇ?」
この切り返しはよかった。
鈴原の慌てたことといったら。ううん、電話の向こうだけじゃない。
こっちでもヒカリが私のケータイを取り上げようと暴れだした。
ああ、面白いけどこんなのずっとしているわけにはいかないわ。
早くシンジを探さなきゃ!
「とにかくヒカリは、東山区○町通五条下る××番地ってプレートの前で一人ぼっちで立ってるからね。
早く来ないと、ヒカリは可愛いからどっかのナンパ男とかに連れて行かれちゃうかもよ」
私は電話を耳から離した。
予想通り、鈴原の絶叫がスピーカーから響いたわ。ケータイ壊れてないでしょうね。
「さてと、ということでジャージが迎えに来るけどさ、それまで一人にしていい?私、シンジを探すから」
ヒカリは鈴原が迎えに来るってことで喜んでいいのか、ひとりぼっちにされて悲しんでいいのか複雑な顔になってる。
「いいわよね。ヒカリ、お願い…」
私のホントの気持ちは通じたみたい。
何が何でもシンジの行方を突き止めたいって気持ちが。
ヒカリはちょっとだけ不安そうにはしていたけど、私の肩をぽんと叩いてくれた。
「アスカ、しっかりやるのよ」
私はにっこり笑い返したわ。
「ヒカリこそね。チャンスじゃない。一気に関係進めちゃえっ!」
「か、関係って!」
「がんばんなさいよ!」
ヒカリの肩を叩き返して、私は走り出した。
あの墓地までの道なら覚えている。
二人の姿を見失ったあの墓地。
きっとあそこに鍵がある!あって、ちょうだいっ!そこにしか頼るとこがないのよっ!
墓地は…思ったより大きかった。
私たちがいたのはほんの入り口だったの。
その場所からなだらかな山に沿ってずっとお墓が広がっている。
こんなのどこをどう探したものだか…。
でもここのどこかにシンジがいる。
私の第六感はそう教えているの。
だけど、どうやって探せば…。
下から順番に登っていくしかないわね。
そう覚悟を決めた時だった。
「お嬢さん、お困りのようですね」
知らない男の声がした。
周りを見渡しても姿は見えない。
ただ大きな碑の向こうから一筋の煙がたなびいていたわ。
用心しながらそこへ回り込むと、碑を背にくたびれた背広の男が立っていたの。
「今の、アンタ?」
「だろうね。ここには他に誰もいないようだからね」
「で、アンタ何者?痴漢?それとも変態?」
「おいおい」
男は手にしていたタバコをぽいと地面に落とした。
警戒警報発令!
もし私に手出ししてみなさいよ。アンタはおかまの仲間入りになっちゃうわよ!
私はママ直伝の痴漢撃退必殺キックの間合いを取ろうとしたわ。
すると、男は案外憎めなさそうな笑顔を私に向けたの。
「勘弁してほしいなぁ。俺がそういう男に見えるかい?」
よし、再スキャンよ。
………。
「どうだい、見直した結果は?」
「やっぱり危険な感じ。アンタ、スケベでしょ」
私ははっきり言ってやったわ。
だって、あの笑顔も身のこなしも何だか女好きって感じがするもん。
これは女の感よっ!
「酷いなぁ。俺は君に大事なことを教えてあげようとしてたのに、そういう態度じゃあね」
「大事なこと?」
まさか、こんな変なおっさんがシンジのことを知ってるっていうの?
「ふふ、そうだよ。碇シンジ君のことだ」
私にはその名前は麻薬のような効果を与えるみたい。
シンジの名前を耳にした途端に、身体が金縛りにあった様になったの。
そんな私の様子を確認してから、男はゆっくりと近づいてきたわ。
ま、ま、ま、まずいじゃないよ。これって、凄くピンチじゃないの?
ポケットに手を入れくしゃくしゃの箱からタバコを出して口にくわえる。
その唇が好色そうに歪んだわ。
ど、ど、ど、どうしよう!痴漢撃退必殺キックなんて使えそうもない。だって身体が動かないんだもん。
い、いいわ。シンジ以外の男にどうにかされるくらいならこの場で舌噛んで死んでやるから。
無精ひげが見えるくらいの距離まで男が近寄ってきたとき、その鼻先にすっと腕が伸びてきたの。
「はいはい、趣味の世界はそこまでよん」
「危ないなぁ、葛城。そんなものを突き出すなよ」
「あら、タバコを吸うんだと親切に火を貸してあげようと思ったんだけどさ」
その葛城と呼ばれた女の人の手には火のついたお線香の束。
煙が目に入るのか、痴漢男は目をしょぼつかせているわ。
「加持、アンタがロリコンだったとはぜんぜ〜ん知らなかったわ」
「酷いぜ、葛城。俺はロリコンじゃない。このお嬢さんはもう立派なおんな…」
その次の瞬間何が起こったのかは私にはわからなかったわ。
加持と呼ばれた男の身体が素早く動いて姿が消えたの。
そして目の前に立ちはだかったのは濃い紫色の髪の毛。
「大丈夫よン。アイツに指一本触れさしたりしないから」
「あ、アンタ誰?」
「私ぃ?一応、探偵やってんの。よろしくぅ」
「探偵?私立探偵?じゃ、あの変なおっさんは敵?」
「違うよ、お嬢さん。それにおっさんは酷いなぁ。これでもそこの葛城と年は…」
右手の墓石の陰から姿を見せた男に、女探偵から投げられた石が飛ぶ。
すっと身体をかわして男はいやらしくニヤリと笑ったわ。
「葛城。墓石に傷をつけたら罰が当たるぞ」
「うっさいわねぇ。この淫乱スケベ男がっ!」
「あ、あのさ…」
私は口を挟んだわ。
正直観戦していたいほど面白いんだけど、私にはシンジを探すっていう大きな使命があるのよ。
こんなとこで時間をつぶしてるわけにはいかないの。
「シンジのこと教えてよ。あとは二人で死ぬまで戦ってればいいからさ」
「あのねぇ、私と加持がどうして死ぬまで戦わなきゃいけないのよ」
振り返った女探偵の息はとんでもなく酒臭かった。
まともに吸い込んで少しくらっときちゃった。今は真昼よ!
「そうだよ、お嬢さん。俺と葛城は愛し合ってるんだ」
「加持!馬鹿っ!」
「へ?敵じゃないの?」
「同僚さ、俺たちは」
もう、わけわかんないっ!
こんなのいきなり出てこないでよ!
「もうどうでもいいからっ!」
私はキレた。
当然でしょ!話が全然先に進まないんだもん!
「シンジはどこにいるのか教えてよっ!」
ちり〜ん。
その時鈴の音がしたの。
ふとその音の方を見ると、尼さんがこっちに歩いてくる。
酒臭い女探偵とくたびれた背広の男と、そして金髪天才美少女…しかも中学校の制服着用という物凄い取り合わせの三人に向かって悠然と歩いてくるの。
さすがにそっちの世界に生きている人は違うわねと変な感心をしてしまったわ。
でも、この尼さん少し変。
だって頭を包んでいる衣から金髪の髪の毛が見えているんだもん。
しかも眉毛が思い切り黒い色してるし。
「目標はまだ動いてないわ」
ぼそりとそれだけ呟くとすたすたと私たちの前を通って去っていく。
「おい、葛城」
「何よ」
「リッちゃんに言っとけよ。あれは変装じゃなくてコスプレだぜって」
「言ってるわよ。毎回毎回毎回」
何か毒気を抜かれたみたい。この二人。
リッちゃんって、もしかしてあの女の人もこの人たちの仲間なわけ?
「あのね、えっと、アスカちゃんって言ったよね」
「はい」
女探偵さんが笑顔を向けた。
この際酒臭いのは我慢しよう。
「碇シンジ君はこの先の右手の石段を上がって行ったところにいるわ。そうね、5分くらいかしら」
「ホントですか?」
疑いたくなる気持ちわかるわよね。こんなみょうちくりんな展開になってるんだもん。
「ふふ、ホントよ、依頼人の命令だもんね。碇シンジ君の居場所を貴女に教えることが」
へ?依頼人って何?
いったい誰が私にシンジの居場所を教えてくれるわけ?
全然わかんないよぉ。
Act.50 京都迷子案内 ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第50話です。
『どたばた修学旅行』編中編になります。
ええっと、3人組が登場しました。
ああ、いや、あの、彼らはあくまでゲスト出演です。
とりあえず、続いての登場の予定はありません。
でも、加持さんをこんなキャラにしてしまうと怒られそう…(びくびく)。
彼ら3人の探偵社の名前は…さて?何にしましょうか?
さて、次回は『修学旅行』編後編です。が…!しかしまだ京都の一日目。
したがって、アスカの修学旅行はエピソード2にも続きます…。すみません、進みが遅くて。